第2章

朝、慣れない地下鉄で出社して

夕方、慣れない地下鉄で久屋大通まで来て

足早に黒いパンプスで、ライブがある地下の階段をコツコツと下りる。

 

前回親しくなった人が空けておいてくれた席に座り

 

高野氏がオリジナルの曲を歌い

若い4人組の女の子が、for youを歌う頃には

この歳になってやっと高橋真梨子が歌えるようになったのになぁ と毒づく。

パンプスで走って、赤くなった足を見て、帰り道の憂鬱さにため息をついて

ずっと下を向いて、(帰ろうかなぁ)と、そんな大人気ない事を思っていた。

 

3人目で歌い出したその人の曲を、下を向いたまま耳にして

目だけを舞台に移した。

 

柔らかく歌う人だなぁ   

 

 そして顔を上げて真っ直ぐ聴いていた。

 

私は日常、歌を聴いて過ごすわけでもなく

好んで自分が歌うわけでも勿論ない。

ドリカムもB'zも大好きだし、運転中はずっと歌を流しているけれど。

 

歌が上手な人は沢山沢山いて

日常に歌はどんどん耳に入ってきて

何度も脳内でリピートする歌もあって

 

でも、身体に扉があったとして、開ける事のない最後の扉からふっと覗いた時に

切ないほどすーっと受け入れた歌は

こんなにも生きてきて、片手に余るほど。

 

そんな歌を歌うけいこさんのライブで

 私は、ある人の声に、ふと止まった。

 

都会の喧騒の中を、脇目も振らず歩いた時に

ふと流れてきた音楽に、ひとりだけ立ち止まり振り向いたような感覚。

そんな歌は、一度では覚えられなかった名前の海外の人の歌だった。

 

 

この人誰だろう

 

 

そう思った私は、それでも彼の歌をまた聴くことはないだろうとも、当時は思っていた。

 

 

雪が降り、外出することはないだろうと、夕食を作り始めた時

偶然が偶然を呼び、急遽私は再び店を訪ねた。

 

千切りした野菜が、ボールの水に浸かりっぱなしだったとしても

お味噌汁にお味噌を入れる間際だったとしても

コトコト煮込んだ大根が透明に変わる前だったとしても

リップを塗らずにネックレスどころかピアスさえせずに

服さえ着替えずに地下鉄に乗っちゃったとしても

 

歌に間に合ったことが嬉しかったし

また聴く事ができて、やっぱりこの人の歌好きだなって

そう思った。

初めての日の偶然とか、雪の日の偶然にありがとうって

そう思った。

 

 

また会うのか

また聴くのか

わからないけれど

 

片手に余るほどの、染み入る歌声がもうひとつ増えて

指を折ることができて

今は嬉しい。